第1704話「幻想」

かねがね疑問に思ってたことがある。


マスコミは公正中立か?

いや、常々俺はマスゴミと呼んで、悪口言ってるから、個人的感情としては「No!」だ、「No!」だ「No!」だ「No!」だ、「No!」だァァァッ!

駄菓子菓子

理屈としてはどぉか?

それについて、↓のよぉな考え方があるらしい。

テレビなど放送局は、放送法というものがある。電波は限られているので、放送免許もいるし、免許といえば、守るべきルールがある。そのための法律らしい。実際に、公正中立な報道が規定されているが…

実は、実質的に実効性がないと聞いた。

ここんとこの世の流れを見れば明らか。加えて、規定違反となると、罰則が普通はある。が、その罰則を科すのは行政だ。科されるのは民間。となると、今でも騒がれている「表現の自由ガー」「言論弾圧ダー」がやってくることは明々白々。おいそれとは科すことは、事実上できないのだ。

放送がそのような有様なので、電波のような制限のない出版物となると、規制しようがない。先の大戦でも新聞の誘導があったことは、周知の事実である。

つまり。

マスコミの報道は、放送も出版も、公正中立が担保されていなく、保証すらない、というのが現実だ。
つまり、どんな偏った情報を流そうが、特定の人物や団体を貶そうが、実質的にお咎めなし。例え間違った情報と批判されても、大概は無視され、たまに隅に小さく「お詫び」が書かれる程度、若しくはさらっと「失礼」とのたまう程度。こーゆうことはそれぞれのモラルに任せるのが本来なのだが、この始末だからモラルレスと言われてもしぁーない。
BPOなるものもあるが、あれは結局「これからは気をつけてくださいね」程度のものに過ぎない。で、交通違反を見逃された運転者の如く(笑)そのあとも、別に気をつけている兆候はゼロ。報道の品位は一向に向上しないのはご覧のとおりだ。(だから、今の世のマスコミは、マスゴミとかマズゴミとかカスゴミとか呼ばれても文句は言えないのだ。言っちゃあいけないのだ、人として。文句を言いたければ、まず襟を正すことだ。襟を立てる、じゃあないぞ、襟を正す、だ。)

情報が自由に手に入る時代から、情報が溢れかえる時代へ。これからは、そのあり余る情報を、取捨選択せねばならない、そのスキルを身につけなければならない時代になるかもね。

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